アナログレコード再生のインサイドフォース
関連項:  動作原理/サウンドボックス
 
別項 ANKER AMATI の蓄音機紹介に関連して、あらためてアナログレコード再生のインサイドフォースを考えてみることにしました。蓄音機項をメインとしたページですが、一般のアナログレコード再生でも考え方は同じかと思います。

まずネット検索してみて、図示しての説明がなかなか見つからず、どうも正直言葉だけでは分かりにくいという印象は否めませんでした。中には明らかに間違いだろうと思しき説明がけっこうヒットすることにも驚き、それでは僭越ながらと思いつつ筆者なりの考察と一部想像?も含めまとめています。
 
 
上図は一般的なターンテーブルとアームの関係図です。蓄音機に多いレイアウトでオーディオプレーヤではアームベースがもっと右下に寄ってることが多いでしょうが、前述のように考え方は同じとみて問題ありません。青線は針先を含むアームとご理解いただき左がストレートアーム、右がオフセット角のあるJ型やS字アームとなります。ターンテーブル、アームそれぞれの大きさや規格により実際の配置は様々ですので、あくまで模式例とお考え下さい。

前提条件として針先は一般的な蓄音機のようにターンテーブル中心を通るものとし、オーバーハング、ラテラルバランスなど直接本項とは関係ない、または関係の薄いと思われる細かな設定は考慮の対象から外しています。ここでは図の針先回動軌道のように、アームはその回転軸を中心にターンテーブル軸を通過する円弧軌道を描きます。
また針がレコード上をトレースする際、レコードとの摩擦により針先は接線方向(図の赤紫線)で且つレコードの回転方向に力を受けることとなります。

この時、トレース中のレコード接線とアームの作る角度(正確には接線と針先が作る水平面の角度)をトラッキングエラー角(以下エラー角)と言います。図示例では左のストレートアームの場合レコード外周部18.13度から、内周部7.53度まで10.6度の範囲で変化をします。同様に右のアームでは+5.16度から0を経由して−5.44度まで、同じく10.6度の範囲で変化することとなります。アームの形に関係なくその回転角は共に21.2度と同じであり、ちょっと示唆を感じませんか?

さて、エラー角は本来0であることが理想ですから(カートリッジの針先(中心軸)がいつでも接線方向を向いているのが理想)、上図ではエラー角範囲が0度を中心にプラスマイナス5度程度の範囲となる右のアーム、つまりオフセット角を付けたアームの方が好ましいと言うことになります。
したがって、左のストレートアームでも実際はアームに対してカートリッジは角度を付けて取り付けられ、ちゃんとオフセット角を付けているのが普通です。

更に、アームが長いほど(回転半径が大きいほど)先の針先回動軌道は直線に近くなり、アームから見た振れ幅も小さくなります。マニアの間でロングアームが好まれる(長けりゃいいってもんじゃないけど)のもこのようなことが理由の一つとなっているのです。
 
さて、問題はここからです。

現在、針先がレコードの外周付近をトレースしているとしましょう。その時針先はレコードとの摩擦抵抗によりその時点の接線方向に右拡大図のような力(仮に針先抵抗とします)を受けています。この際、アームに十分強度があるとすれば針先抵抗と等量の力で、針先とアーム回転軸を結ぶ直線方向に支えられています(仮に指示力とします)。これはストレートアームの伸びる方向と同一であり、発生する力にアーム形状は関係ありません。つまりトレース中のアームは回転軸と針先だけで支えられていますので、力はその2点を結ぶ最短距離である図に示す直線方向にかかるのです。
S字状の棒の下端を下に引っ張ったら、上端が左下に引っ張られたなんてことはありませんよね。途中の形がどうあれ必ず2点を繋いだ最短距離(=直線方向)であり、引っ張った方向と同じ下に引っ張られます。

ここで針先は針先抵抗と指示力の合力となる水色矢印方向に力を受けることとなり、これがインサイドフォースの正体です。向きの違う2つの力が釣り合おうと(直線になろう)とするんですね。実際にはこれに針圧の分力が加わりますので、オーディオプレーヤではレコードの内周側に向いてやや斜め下方へ力を受けます。100gを越える針圧が普通の蓄音機ではそれぞれ桁違いに大きくなるものと思われ、斜め下方に大きくインサイドフォースを受けることでしょう。
加えて厳密には針先がほとんど振動しない無音や小音量時と、大きく振動する大音量時とでは当然のことながらそれぞれがリアルタイムで変化するでしょう。この辺が非接触のCDなどと違いどこに力の頃合いを見つけるか、アナログ再生がその設定によりいくらでも音の変わっちゃう奥深いところです。

さて、インサイドフォースの発生原因としてオフセット角やカートリッジの取り付け角などあげる方が多くいらっしゃいますが、上図でもお分かりのようにそれらは関係ありません。つまり、オフセット角があろうが無かろうがトレース中に針先抵抗と指示力は発生し、それが一直線に重ならない限り必ず合力が発生します。回転体であるターンテーブル上ではレコード面のアーム可動範囲において、必ずインサイドフォースは発生してしまうのです。
ちなみに蓄音機において分かりやすい場面として、竹針やソーン針等柔らかめの針が限界まで磨り減り演奏中の音溝から外れた際、ツーっと回転中心に流れていく現象が見られます。まさに目で見る形でのインサイドフォースと思って良いでしょう。
尚、後のオーディオプレーヤにおいてはターンテーブルとアームの位置関係やオーバーハングの設定量などにより、レコード外周部ではインサイドフォース、内周部ではアウトサイドフォースなどと途中で力の向きや大きさが変わることはあります。

また、図示例ではレコードの外周付近と内周付近ではインサイドフォースの大きさが異なり、外周付近を最大としてだんだん小さくなっていくことが分かります。加えてレコードの外周部付近と内周部付近では同じ回転数でも単位時間当たりのトレース距離は大きく異なり、その差はなお大きくなるでしょう(図示例では無視しています)。これはインサイドフォースキャンセラーを掛ける場合、これらの変動も考慮に入れなければなりません。

更に左図で外周部付近では接線上でアーム回転半径となるA点、内周部付近では同じくB点にアームの回転軸があればインサイドフォースは発生しません。これを仮想点とすれば針先のトレースに従い各時点の接線上となるよう、アーム軸が仮想点AからBへ滑らかに曲線移動すれば良いのです。これはトレース中の軸移動という示唆を与えています。
 
そこで時代はリニアトラッキングアームを作り出しました。

リニアトラッキングアームでは上図のようにアームベース(軸)は常に接線の延長上にあり、外周から内周に向けてのトレースと同時にアームがリニアに右から左へ平行移動します。これによりインサイドフォースはなくなり、エラー角もありません。回転円盤であるレコードのトレースという意味では、中心から外へ向かう放射直線上をトレースする理想の姿でした。

っが、マニアさんはそれでも欠点を見つけ出します。
リニアトラッキングアームではトレース中の針先が今どこにあるのか常に監視し、アームベースの位置が正しくその時点の接線上にあるよう調整しなければなりません。針先が左に移動したらアームベースも左に、右に移動したら右に、これを電子制御でやっている訳ですが、一般にはアームの角度を検出することにより行っていました。つまりベースの移動するリニアレールに対してアームが常に直角となるよう制御するのです。トレース中アームが左右どちらかに傾けば、その傾いた分を直角に戻すようベースを移動する訳ですね。
もうお分かりと思いますが、この応答性や駆動メカニズムが問題となったのです。傾くという結果が起きてから制御することになりますので、常に遅れが生じてしまうのです。また普通はモーターで駆動しますので、その振動や制御ソフト(ハードも)などメカ的、電子的問題が常に指摘されていました。
換言すると、リニアトラッキングのアームベースは直角に合わせようと(その時点のレコード接線上に有ろうと)常にゆらゆら揺れているのです。何しろレコードの芯ずれだってゼロじゃないですからね。それまで筐体強度を高め常に各部をガッチリ固めたいと欲求してきたマニアに、揺らぎという不安定さは最も嫌う現象であったことでしょう。そもそもこの種の問題は重箱の隅をみんなして突き合う話しですので、結論なんて有って無きようなもの。当時の技術で皆が納得するような改善策など出ようがありません。

更に致命的だったのは、リニアトラッキングアームはターンテーブルや筐体とのシステムであるプレーヤとしてのみ成立するメカニズムだったのです。
つまり気に入ったどこどこのターンテーブルに、気に入ったカートリッジやアームを探し出し、更に気に入った筐体へ載せようとしてもそのマニア好みのチョイスが出来ませんでした。リニアトラッキングという電子制御やレールを必要とするアームを、汎用としてすべてのターンテーブルや筐体と合わせては作れなかったのです。ユニットとして単売されたリニアトラッキングアームは筆者が知る限り存在しません。まあ、ひょっとしてどこかのガレージメーカー製とか小規模なものはあったのかもしれませんが、少なくてもそれまでのアームのように数多のオーディオメーカーから売り出されることはありませんでした。

斯くして一時のブームは数年で過ぎ去り、そうこうしているうちにCDが出始め・・・・^^;^^;
後はご承知の通り・・・・チャンチャン!
何だか4チャンネルとか平面スピーカとか、リニアトラッキングアームも同じ運命でしたね。
 
注記)

本項記述内容や画像・挿図には一般論の他、特にことわりなく筆者の個人的見解も含まれています。また固有名詞・専門用語等もその意味を損なわない範囲で分かりやすいよう置き換えているものもあります。従来の常識や一般的見解と必ずしも一致するとは限らず、あくまで筆者個人の見解であるとご理解下さい。
また、あくまで一般論としての考察ですので、**社の**機は違うぞ的なものは考慮の対象としていません。
尚、明らかな間違いなど発見しましたら、お手数ですがその旨ご連絡いただけますとうれしく思います。
 
 
最終更新 2021年 3月 7日
追記更新 2015年 5月20日
追記更新 2011年 7月25日
新規追加 2009年 8月15日
 
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