独 JUNGHANS/8インチ八角レバークロック
最終更新 2012年 9月 1日
 
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概略寸法 高29cm×幅29cm×厚み7.5cm
文字板 8インチ/オリジナルペイント文字板
仕 様 毎日巻/リン打ち
時 代 1870年代〜80年代後半頃
 
ドイツ「JUNGHANS」の8インチ大形レバークロックです。1877年登録のユンハンス最初の商標が背ラベルとして貼られ、1888年からわずか2〜3年間のみと言われる5星のロゴマークを付けた初期機械が付いています。

JUNGHANS(日本では現在一般にユンハンス、古くはJマーク時計、ユーハンス、ユングハンスなどとも呼ばれていました)は1861年創業のドイツを代表する時計メーカーです。日本において精工舎が黎明期としては国内後発ながらそうであったように、ドイツでは同じく後発ながらユンハンスの歴史がドイツ時計の近代における歴史と言っても過言ではありません。創業時は他の時計メーカーに提供する部品メーカーとしてでしたが、その高品質が評判となりやがて66年自社による時計製造に乗り出します。1900年代初頭には年間生産高300万台と当時世界最大の時計メーカーとなり、もちろん現在でもドイツ時計の代表と言えばユンハンスに代わりありません。

ドイツ製クロックと言えばスリゲルタイプの意匠に凝った大時計がマニア垂涎の的です。ユンハンスもその手の時計はもちろん、特にヴァイオリン形と呼ばれる優雅な曲線を描いた掛け時計は良い出物があれば引っ張りだこ。国内のみならず世界的に「なんちゃって」を作り出したのは、イングラハムの四ツ丸やアンソニアのハバナらと共にその種のスリゲル達でしょう。残念ながら筆者にとてもそんなスリゲル買うほどの財力はないけど、初期物好きとしては今回おもしろい時計が手に入りました。

国内では元々セス・トーマスやアンソニア等に代表されるアメリカ時計をオリジナルとしてよく見る八角レバーですが、ドイツにも、そしてユンハンスにもこの種があったんだー・・・・とは筆者の正直な感想。あれこれ検索するとWEB上では、同じ文字板&機械と思われる丸レバーが1点だけ見つかりました(You Tube より「Junghans wall clock with second dial 」で検索してみて下さい)。実はユンハンスも当初はアメリカ時計のコピーや先行他社の時計をお手本にしていたらしく、この時計はその頃のものなのでしょうか? 果たしてどこまでオリジナルなのか怪しい部分もなくはないけど、この種としてはちょっと大きな29cm角の筐体と文字板も実質8インチ半とやや大きめ。ユンハンス初期物に間違いなければそれなりに珍しいでしょう。
 
入手時外観
入手時外観

経年による多少のくすみ汚れはありますが全体に傷みは少なく、皮(桜?樺桜?)張り筐体は天面にわずかな剥がれ程度と時代からすれば奇跡的にいいレベル。文字板に多少のパテ埋めなど補修が有り、目立たない小さな秒針が針軸上にあります。文字板ガラスはかなりのゆらゆらで古いものですが、少し黒みがかってオリジナルでは無さそうです。また巻き鍵も後年物です。

背面はかなり剥がれていますが下記の背ラベルが貼られています。これ以上の剥がれを防ぐためか、残っているラベルの輪郭は後年糊付け補修されてるようです。画像ではあまり目立ちませんが、大小1カ所ずつ丸穴を別の木材ピースで埋めています。なんでわざわざ穴埋めなんて手間をかけて、そこまでしてこの背板を使う理由は?? 上下の掛け金は1本締め頭丸下角形状です。
 
背ラベル
背ラベル(初期商標)

ちょっと分かりにくいのですが、1877年から5年ほど使用されたユンハンス最初の商標です。旗竿に巻き付いた旗を鷲が掴んでいる図柄で、くわえたリボンが頭上に延び「E PLURI・・・UNUM (正しくはフランス語で E PLURIBUS UNUM =多くから成る一つ)」、中央に時計が有り「Time is money」、更にその下に「TRADE MARK」などとかろうじて読み取れます。
下記の「5星にJ」ロゴ機械とは若干時代が異なりますが、古さと言うことではまあ一致してるかな? っと都合のいい解釈!
 
文字板とガラス扉
文字板とガラス扉

文字板はブリキベースの1枚板にペイントで、飾り枠の差し込み部で剥がれ補修のパテ埋めが4カ所。文字の薄れや特に6時付近の荒れも目立ちますが、時代からして全体としてはまずまずでしょう。6時上に「PATENT LEVER ESCAPEMENT」。文字板固定ネジは天に1左右2の3本留めで、下写真の筐体側ネジ穴と1:1嵌合です。
文字板裏には墨書きで写真の二つ書き込みがありました。
針は細身の普通形状だけど、ヤケに短針が短くて6インチ時計のそれみたい。他に比べる資料がないので分かりませんが、オリジナルではないかもしれません。ついでに小さな秒針も明らかに後の目覚まし時計の針です。

文字板扉は現在ロック部が右写真の圧入式に改造されています。写真のように現在折れていますが、元々は筐体側に付けられた角穴の開いた金具に扉側の爪を引っかけたものと思われます。
 
入手時機械
入手時機械

8.5×6.5cmほどと、ほとんど目覚ましと同等程度の地板による小さなテンプ振り機械です。ゼンマイは左右共に時計回りに巻き、後のドイツ香箱入り機械と同じです。地板下側中央付近に「5星にJ」の刻印があります。このロゴは前述のように1888年に登録され、1890年には早くも現在でも使用される「8星にJ」ロゴへと変わります。したがって2〜3年という非常に短い期間のみ使用されたロゴのように思えますが、背ラベルとの年代差から考えると登録前から5星ロゴは使われていた可能性もありそうです。いずれにしろオリジナルなら希少な機械と言えるでしょう。

・・・・っが、その分偽物も多いとかで、実際逆弓の字型に奇妙に曲げられたハンマーの柄は気にならなくはない? 他の時計でも使用する共用機械であり、この時計のスペースでは延ばす訳にも行かず折り曲げた!ってことにしておこう・・・・^^;^^;

尚、左上に延びるリン送りの竿は途中で継ぎ足されています。
 
筐体内部
筐体内部

機械を外した筐体内部は7mm厚の板を下駄として膠で接着し、機械の固定ネジ4カ所はいずれも1:1嵌合。大きな丸穴は天真受けネジのニゲです。リン固定ネジも1カ所のみで響きを良くするためか平ワッシャーが付けてありました。
 
テンプ周り
テンプ周り

一応機械は動くのですが1日30分以上と大きく遅れ、そもそもヒゲゼンマイが目一杯の長さで固定されています。直径約26mmの大きな天輪は横穴を開け、貫通した3本のピンで軸に留めるという時代を感じさせる作りです。リプロだったらこんな面倒はしないよなと、本物っぽさにちょっと安心?

受けネジは2本ともいっぱいに締め込まれていますが、それでもガタのため揺れながら振動し好ましくありません。更に調整側は平ワッシャー1枚でレバーが取り付けられ、時間調整で回すと受けネジまで回ってしまい締め付けが締まったり緩んだり。地板にはストップワッシャー(腕付きワッシャー)を差し込む穴がないので元々こういう作り?・・・・なんでしょうね。
とにかく、レバー側の受けネジはやや長い手持ちネジに交換し、新たに右写真の腕付きワッシャーを追加しました。
 
振り長調整
振り長調整

上左写真が取り出したテンプです。上右写真は最終的にヒゲゼンマイを90度程度回した状態(写真の見た目は上下が逆です)。ヒゲゼンマイは通常C環で軸に固定されていますが、この時代では断面凸型をした円筒状金具を圧入しています。回すのにかなり固く掴んだ跡でギザギザ。その金具凸部分を筆者も慎重に掴み、天輪(軸側)を回して取り付け時のヒゲゼンマイ長を調整。

下写真左が1回目の調整時。まだレバー位置最進でも大きく遅れ、渦巻きも形が崩れ気味。結果、前述のように右写真の2回目の調整時90度程度回した位置が、レバー中点で時間も合うベストポジションとなりました。
 
針軸周り
針軸周り

同じ写真を2枚? いえいえちょっと違ってこの機械の特徴です。
長針固定用のピン穴が両方とも手前を向いてるのに、すぐ下側の取付台(筒カナ)の向きが違います。この時計では一般の機械と異なり中心軸は固定で回転せず、その回りを長針の取付台と短針の円筒が回ります。
この構造では長針とその上に置くワッシャーは、動作中いつも接触面が滑りながら回ってることになります。そんな抵抗背負って動くのかと思いますが、元々2番車周りは運針動作と時間合わせの強制回転とを両立させるため滑り抵抗が付けられているので支障ありません。現在なら弱いスプリングワッシャーとかあってもいいところ。もちろん定期的な注油は必須でしょうね。

更に組み立て後気づきましたが、長針を付けないと機械は動いていても軸(筒カナ)そのものが回りません。当然時計は進まずリンが鳴ることもありません。但し、秒針は普通に回っています。この当時のレバークロックがみんなこういう構造なのか知らないけど、前述の突っ張りと滑り抵抗(掛け・置き時計では一般に針軸途中にある星形のスプリングワッシャーやコイルスプリング等)が関係してるのでしょう。っが、分かった時点で組み上げちゃった後だし・・・・って言うか、星形の・・・・なんて無かったような?
正確には機械単体で動かしてる時あれっ?て思ってたんだけど、その後時間の狂いを見るのにずっと長針付けっぱなしだったからすっかり忘れて組み上げちゃって・・・・あっ!?・・・・^^;^^;
 
アンクルとリン打ち機構
アンクルとリン打ち機構

左写真のアンクル爪は幅3〜4mmくらいあるぶ厚い物です。そりゃ掛け時計はみんなそうだろ!と言ってはそれまでだけど、この大きさの機械では置き時計や目覚まし時計でピン式を見慣れておりその大きさは目立ちます。

右写真は小さな機械ながら、ドイツ掛け時計に共通するリン打ち機構で半打ち付きです。時打ちではエアダンパー(羽根)も小さくチンチンチンチンと数えられないくらい早打ち。鳴ってる!っと気づいたら、んっ何時?と時計を見なくちゃならない・・・・^^;
 
メンテ後機械
メンテ後機械背面
メンテ完了機械

上写真が表側、下写真が背側です。目立つ直しもなくさすがドイツ製。これぞ精度と仕上げのたまものか?
完全オリジナルかはともかくとして後の機械とは異なるいくつかの特徴を持つことからも、古い世代の機械には違いないでしょう。
 
文字板補修
文字板補修

白浮きしたパテ埋め部分にクレヨンタイプの近似色修正を加え目立たなくします。遠目にはほとんど分からなくなりました。
 
針


ごく普通の針です。長針ではワッシャーとの滑り部分で円形に摩耗が見られます。秒針は太い軸径と合わず広げて押し込まれ、明らかに目覚まし時計の針が流用されています。
 
再組立
再組立

元通り組み直してレストア完了。リン送りの竿は入手時2本が繋がれ元々オリジナルから変わってたので、細ピアノ線で1本に作り替えました。
本時計では部品すべての留めネジが筐体側ネジ穴と1:1で嵌合し、ガラス扉のロック爪上に1カ所不明なネジ穴がある(たぶん紛失した穴カバーの留めネジ穴)以外余計な穴はいっさいありません。機械取付板となっている下駄の下に別の取付穴のある可能性は残りますが、筐体と1:1嵌合の文字板と機械が一致することを考えるとやはりこの状態でオリジナルと思った方が自然でしょう。秒針等いくつかの明らかな交換を除き、時計全体にかなりオリジナル状態に近いものと思われます。

ゼンマイをいっぱい付近まで巻いた場合およそ40時間稼働し、その間の誤差も2〜3分以内と時代からすれば十分精度も保ってる方でしょう。
反面、時代を反映してか振り子時計に匹敵するしっかりした動作音は機械好きにとってなんともうれしく頼もしく、また和ませてくれます(車好き、バイク好きと同じ?)。機械式時計の音の大きさをイラつくからとやたら毛嫌いする方が多いのも事実ですが、規則正しく安定した断続音はメトロノームを例示するまでもなく催眠術や医学療法でも使用される本来平穏をもたらすものです。この音あってこその機械式なんです。
 
新規追加 2012年 6月 5日
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