掛け時計(柱時計)の移動に伴う振り子の錘(おもり)調整について
 
機械式振り子時計(以下、時計と表記)を移動させると進み・遅れが変化します。ここではその誤差が起こる理由や調整法について、筆者なりになるべく噛み砕いて説明を試みました。
振り子の錘を上げ下げして時間が変化することはなんとなく分かってても、一度合わせたはずの時計なのに移動させただけで狂いが出るとはどういうことでしょう?

この項では以下に、時計の左右・前後の傾き等正しく掛けられている昭和40年代頃までの「ゼンマイ式古時計」を前提としてお話しています。
また、振り子時計であれば置き時計でも同じ現象が起きることとなります。
 
はじめに時計の機械は様々にありますが、いずれも振り子が何回振れれば(何回振動すれば)分針が1分進み、その60倍が1時間となり、更に1時間の12倍で時針一周、その時針が二周すれば1日と決められています(まれに24時間時計もあります)。
但し個々の機械で1分間に何回振れるかには規定がなく、100回でも10回でもかまいません。59回とか42.7回とか中途半端な回数でも、その回数で分針が1分だけ動くように歯車が組まれていれば何ら問題ありません。そしてその60倍、12倍をそれぞれ1時間や半日とすればいいだけのことです。一般に小型時計は1分間当たりの振動数が多く、大形時計は少ないというのは何となくご存じでしょう。
 
この正確な振動数を生み出すためガリレオの発見した等時性、つまり「振り子において支点と錘までの長さが一定なら振幅や錘の重さには関係なく一定周期で振れる(注1)」ことをより所(基準)としています。逆に言うと「支点から錘までの長さを変えれば周期が変わる」と言うことでもあり、時計では周期によって変わる振動回数がそれぞれの機械により先の話のように1分間、1時間、半日に何回と決められている訳です。

時計を合わせるとは、 『錘の上げ下げで支点から錘までの長さを変え(=周期を変え)、その決められた回数振れるよう合わせる』 という言い方もできます。

但しここには前提条件があり、同じ場所(更に厳格には同じ向き)でないといけません。
また等時性そのものは真空中で摩擦等の抵抗もない理想空間(言うなれば机上)での話しであり、空気抵抗やら摩擦やら針だって動かさなければならない大気中ではだんだん弱まってしまいます。したがってその振動を助けるべく動力源が必要となり、それが巻き上げられたゼンマイが緩んでいく際の駆動力であったり電気動力などとなる訳ですね。
 
振り子の振動
 
さてそこで本題である時計を掛けた場所の違いにより誤差の起こる原因ですが、ここでは先の空気抵抗や摩擦など細かな要因は除くとして重力に絞って考えます。

振り子の振動とは、たとえば右に振り切った一瞬の静止状態から錘が重力に引かれ、落下するのと同じように左へ向きを反転し振動の中心に向かって落ちていきます。惰性で振動中心を通り過ぎると今度は左いっぱいの静止状態で向きを変え、また振動中心に向かって落ちていきこの繰り返しが振り子の振動となる訳です。
この落ちていく(静止状態から動き出す)際にそれまでの振動が空気抵抗や摩擦で弱まらないようちょっと後押ししてやるのが、先のゼンマイ駆動力であり電気動力となります。
特にゼンマイの場合、巻き上げ時と緩んだ状態ではこのちょっとの後押しにも力の差が生じ、誤差の要因ややがて停止に至る原因ともなっています。細かく言えば電気(電池)時計だって、新しい電池か使い古しの電池かで能力差があるのは当然ですよね。
 
ところで地球上の重力はどこでも一定ではありません。重力は地球中心から離れるほど小さく近づくほど大きくなります。海面上より山岳部の方がわずかながらも中心からの距離が離れ重力が小さいと言うことです。

また地球は自転していますので、回転軸付近となる北極や南極と異なり赤道付近ではけっこうな遠心力を受けています。その遠心力によりパッと見丸く見える地球も実際は少し南北に潰れていて、その分、半径だって北極や南極方向より赤道方向の方が大きくなっています。つまり赤道付近では距離と遠心力との双方で、重力が小さくなる方向へ影響を受けてることになるのです。
驚かれるかもしれませんが赤道付近では秒速約463m(地球一周約4万km÷1日86400秒)という、音速を遙かに超える猛スピードで回転しています。半径約6400kmと曲率は小さいのですがそのスピード故、距離の増加に加え遠心力も無視できないのです。

笑い話にスポーツで一番いい記録を出したいと思ったら赤道付近の高地、たとえばアンデス山中とかキリマンジャロの山頂付近とかが一番有利だと。大気も薄く空気抵抗も小さいしね! アンデスやチベットの高地民族から選抜し専門訓練をしてそのような場所で競技会を行えば、もの凄い記録が出るかもしれません。いや、間違いなく出るでしょう。
ボリビアのラパスとかで誰かそういう競技会企画しないかなー・・・・昔、高地で行われたメキシコオリンピックで大記録が出たりしましたよね。もっとも、メキシコの例はここで上げる重力よりも空気抵抗の小さい事が主因だと思われますが。
 
さて本題に戻り、重力の大きな場所では落ちるのも早いから時計は進み傾向となり、重力の小さい場所では遅れ傾向となります。いわゆる先進国の中で日本は一番赤道寄りに位置しており、欧米に比べ相対的に重力は小さいと言えます。したがって欧米の時計を日本に持ち込むと重力差による遅れが生じ、そのため錘をけっこう上げて進ませないと時間が合いません。よくドイツやアメリカの時計で不格好なほど錘の上がった時計を見かけることはありませんか? もちろん重力差ばかりが原因ではありませんが、それらの一因となってることは確かです。

っと言うことで、南北を基準に日本で言うと北海道は重力が大きく沖縄は小さい。土地(標高)で言うと海岸付近は大きくて山岳部では小さい。一般人が自由往来できる範囲でおそらく日本で一番重力の大きい場所は北海道の宗谷岬で、一番小さい場所は西日本にあまり高い山がないことからやっぱり富士山山頂か? あるいは宮之浦岳山頂、波照間島のいずれか。
 
ちなみに、
1分間に60回振動すべき振り子が59.9回になったとしましょう。1時間で本来3600回振動すべきところ、59.9回×60分=3594回となります。これは1時間に約6秒遅れたこととなり1日では144秒と実に2分半近く遅れてしまいます。更に59.99回までほとんど究極まで微調整しそれってもう60回でいいでしょ!と思っても、これでまだ1日約15秒、1週間で2分近く遅れてしまうのです。錘の上げ下げによる調整がいかに微妙なものか分かるでしょう。
このことは設置場所を変えることによるわずかな重力変化も、思ってる以上に大きく影響することを意味しています。
 
− 結論 −

1.それまで使っていた場所より北で使用する場合、重力が大きく進み加減となりますので錘を下げる必要があります。南で使用する場合はその逆。

2.それまで使っていた場所より標高の低い所で使用する場合、重力が大きく進み加減となりますので錘を下げる必要があります。高い所で使用する場合はその逆。

3.相対的に 1 と 2 のどちらの影響が大きいかにより結果は異なることとなります。
 
 
ゼンマイ巻きと調整方法の実際

ゼンマイ巻きの際通常、時計(振り子)を止める必要はありません。動いている状態で巻き足して貰えればOKです。
一般に多いアメリカ式の裸ゼンマイ機械では8日巻き(1週間保ち)の場合、左右共内回り(向かって左側は時計回り、同じく右側は反時計回り)に週に一度7回転(180度ずつ14回=計7回転)回しゼンマイを巻きます。尚、稀に巻き方向の異なる機械もあります。
高級機に多いドイツ式の香箱入りゼンマイ機械では左右共時計回りに巻く機械が多く、こちらも例外的に巻き方向の異なる機械があります。アメリカ式と異なりゼンマイ軸の半回転が1日に相当し、180度ずつ7回=計3.5回転で1週間となる機械がほとんどです。

一般に古時計では分針(長針)を逆回転させたくないと言うこともあり、遅れ気味から進み方向に合わせていく方が良いでしょう。特に12時を跨いでの逆回転は正時に鳴るボン打ち機構を壊す恐れがあり御法度です。

予備知識として、
錘下に付く調整用のナットは、それが付く軸のネジに対してスムースに回るよう遊び(ガタ)があります。一般的なネジ対ナットすべてに言えることですが、遊びが無いとナットは回すことができません。
またナットが単純な円形や多角形で上下の区別が無い物は問題ありませんが、略富士山形あるいは上下で広い面と狭い面や尖っているなど区別あるナットがあります。その場合すべてがそうだとは言えませんが、一般には広い面を錘側(上側)として使用します。つまり振り子に付けた時は上下逆の富士山形で、ずれたりしないよう錘をしっかり広い面で受けられるように付けます。よく間違われて逆付けされていることがありますのでご注意ください。

上下の区別無い調整ナット 上下の区別ある調整ナット
   
上下の区別ない調整ナット 上下の区別ある調整ナット

更に錘とそれをぶら下げる竿には抵抗を付けてることも多く、単にナットを回し下げただけでは錘が追従せず下がってこないこともあります。その場合はナットに接触するよう手で錘を下げてから再稼働させることになります。
(すでに遅れることが分かっている時計では上述の下げる操作は必要ありません)

さて遅れから進み方向への調整ですが、先の遊びを常にナット側に寄せる意味で軽くナットを引きながら回し上げる方が良いでしょう。
また、錘と竿の抵抗が大きすぎてナットを回そうにも固くて回せない(回し上げられない)場合もあり、そのような時細いネジをなめないよう無理をしてはいけません。その場合は一旦錘を少し手で上げてずらし、ナットを必要量回し上げた後しっかりそのナットと接触するように錘を下ろします。
繰り返しますがいずれにしろ、調整後はナットと錘がしっかり接触してることを毎回確認してから再稼働させましょう。

古時計は現在の機械物のようにあれこれ親切には出来ていません。
また、せっかく調整を行ってもゼンマイに駆動力変化があることは変わりありませんので、下記にも述べてますが古時計の誤差は広い心でご理解ください。
 
 
注1

一般に時計のような単純な振り子で等時性が成り立ち実用となるのは、支点の中心角にして数度〜精々10度くらいまでの範囲です。たとえば30度とか大きく揺れる振り子と、3度とか小さく揺れる振り子では長さは同じでも大きく周期が異なり同一には語れません。
元気に大きく揺れる振り子は大変頼もしく見えますが、精度的にどうかというと駆動力変化の大きなゼンマイ時計では疑わしい(マイナス要因になる)と言わざるを得ません。したがってそのような大きく揺れてる事を理由に、この時計調子良さそうだなどと判断するのは危険です。むしろ調整ができてないと考えた方が合理的でしょう。
大きさにもよるので一概には言えませんが一般的な8〜10インチ文字板の古時計なら、錘位置にして3〜4cm程の振幅が頃合いかと思われます。5cmを超えて大きく揺れるような時計は垂直合わせもそうですが、ご自身で調整出来ないなら避けた方が賢明かもしれません。
 
 
余談ですが・・・^^;^^;

いわゆる「標準時計」などと呼ばれる高級時計が有名各社で作られました。それらは1mを優に超える大形時計であることがほとんどです。大形であるが故に振り子を長く中心角を小さくゆっくり振動させることにより空気抵抗や摩擦を最小限とし、錘は重めに慣性を最大限利用することで等時性の狂いが最小限となるよう考えられた時計群です。それらの時計ではゼンマイ時計であっても日差数秒以内、週間で30秒以内の誤差まで抑える事は十分可能です。
えっ?でもそんなに狂っちゃうの?っと思ったあなた、それは現代の電波時計やクォーツの精度が当たり前かのように慣らされちゃったためです。掛け場所が変わったことによる誤差のお話の中で元も子もないようですが、ゼンマイ動力の機械式振り子時計では週間±5分程度までの誤差なら十分実用機と言えます。

更に正確性をと言うなら動作中の駆動力がほぼ変わらない錘引きの大形時計(ホールクロック等)があります。ただ大きなリビングや玄関ホールとかが無いと置き場所に困りそうだし、誤差を追い込むにはやはりそれなりの根気も必要です。
また、近作のホールクロックの中には錘引きに見せかけて実は飾り錘のゼンマイ式や、機械式ですらない電池式というなんちゃって時計もありますのでご注意ください。鳩時計等でもこの種の飾り錘+電池式という形式の時計は良く目にすると思います。それでも、家具調の見栄えや正確性、重い錘上げの面倒無しという意味での存在価値はありそうです。

クォーツが普及する以前、昭和30〜40年代頃の電池式振り子時計も、動力が電気になっただけでゼンマイ時計と精度的には大差ありません。ただ一般のゼンマイ時計が1週間(後に14日とか30日巻きとかもあります)の範囲で駆動力変化があるのに対し、その期間が概ね半年〜1年に延びただけです。つまり、短期的な精度はそれなりに追い込めますが、電池が弱ってくるとやはり誤差が大きくなると言う事です。
もちろん、場所が変われば狂いが生じるのは、振り子時計であれば動力が変わっても同じです。

尚、電波時計やクォーツの掛け時計で良く見る飾り振り子は、あくまで振り子時計っぽさを演出した飾りであり精度とは関係ありません。 
 
 
一応厳格な方のために断っておきますが、筆者の話しは他の項と同様に専門用語や科学的正確性よりも、説明としての分かりやすさに重きを置いていますので念のため!
但し明らかな間違いがありましたならご指摘いただけますとうれしく思います。だからって直すかどうかは筆者の判断に任せていただきますが・・・・^^;^^;
 
 
最終更新 2022年 5月18日
追記更新 2018年10月 8日
追記更新 2017年10月24日
新規追加 2016年11月 3日
 
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