2002/11/21  生分解性プラスチックのお話U
 
29.化学合成系生分解性プラスチック/乳酸系その1
 
繰り返しになるが、現在もっとも期待され一部実用化が始まった生分解性プラスチックの多くは、化学合成系生分解性プラスチックである。その化学合成系において互いに双輪となりそうなのが「柔」のPBS系と「剛」の「乳酸系生分解性プラスチック(以下乳酸系プラと表記)」であろう。
例えチラホラと言えども、自動車や家電など大手メーカーからの採用が検討、または実施され始めている生分解性プラスチック。その多くは乳酸系プラである。トヨタ自動車も富士通もソニーも、みんな乳酸系からスタート(しようと)している。
これまたクドいようなのだが、どうも「化学合成」と言うとイコール石油化学と誤解するのか、多少なりとも厳しい意見を投書される方もいなくは無い。PBS系プラの時に簡潔にお話ししたつもりであったが、誤解を招いたようなら言葉足らずだったことをお詫びする。そこで改めてお話しするのだが、生分解性プラスチック中の「化学合成系」というのは、あくまでも大枠を現すジャンルの呼び名である。当方のコラム基礎編Q&Aなどお読みの上ご理解いただきたい。
生分解性プラスチックを含む実用となるすべてのプラスチックは石油化学や原子分子、そしてその相互作用を取り扱う化学的ノウハウを元に作られたものである。例え澱粉やセルロースなど天然高分子を利用している生分解性プラスチックでも、ただそれを寄せ集めただけでは実用的なプラスチックとはなり得ない。そこには必ず先のノウハウが生かされている。しかし、石油化学とイコールでは無い。それは応用技術と言い直していいだろうか。なぜなら、ほぼ石油だけに依存した従来プラスチックと違い、生分解性プラスチックは多種多様な原材料から合成可能なのである。中でも乳酸系プラはその代表格と言って良いだろう。
 
さて話を戻そう。
乳酸系プラは一般に「ポリ乳酸」とも呼ばれ「PLA(PolyLacticAcid)」と略記されている。材料メーカーや研究機関によっては「PLLA」「PLAP」などという記述も一部にあるようだ。またプラスチックとして重合される乳酸はL体、D体、混合(混在?)体と3種あり、この辺の組成や配合比の違いなどによりなかなか微妙な差があるらしい。残念ながら筆者は化学の専門では無いので詳細はその道の研究者に譲るとするが、加水分解するとかしないとか、透明性や物理特性がどうのこうのと色々論じられている。ご興味の方は当方の掲示板などでもたびたび話されているので、過去ログなどご参考にされたい。
乳酸系プラの歴史は以外に古く、生体内で溶けて無くなっちゃうという生体適合性の優秀さから手術用糸など医療分野から始まった。その後、同様の技術で製造可能となる釣り糸などにも展開され、すでに上市されて10年近い実績を持っている。やがてイリョウはイリョウでも「衣料用」としての紡糸、フィルム、射出成形、押し出し成形、ブロー成形などなど様々な成形技術にも応用され、一般的な成形加工法はほぼ網羅しているとも言って良いだろう。これほど様々に利用が試みられるのも、その特徴に大きな利点を見出し生かそうとしているからに他ならない。下記にそのような理由をいくつか上げてみた。
1.高剛性
先に剛の乳酸系と紹介したが、実際に生分解性プラスチックの中では常温でもっとも強靱な部類に属し、その強さはしばしばPC(ポリカーボネート)とも比較される程である。PCは言わずと知れたプラスチック界最高位の強靱性を誇る代表的エンプラであるが、乳酸系プラもそれと比べられるようなら光栄と言うものだろう。個々の特性はまだまだ色々あるとしても、現在進行形&発展途上である乳酸系プラの将来には、大いに期待したいものである。
2.透明性
生分解性プラスチックの中では最高位に位置する優れた透明性も大きなウリである。こちらもパッと見ではPCやスチロールとまず区別はつかない。もちろんよくよく見れば種類によって若干異なるのだが、この透明性は同時に外観部品などに向いた素材であることも意味している。ちなみに、ラクティはやや暗めで落ち着きのある透明、レイシア(ネイチャー・ワークス)は明るく爽やかな印象があった。
3.生体安全性
上述のように手術糸への利用からも分かるように、生分解性プラスチックの中ではもっとも生体への安全性が高いと言われている。現時点で食器など食物と直に接したり、口に入れたりする歯ブラシ類などは乳酸系がもっとも適するだろう。化学的医学的には素人なので確かなことは分からないが、乱暴な言い方をすると、そもそも乳酸は人の体内にも存在する生体物質でもある。
4.原材料
乳酸系プラは乳酸発酵により作られる乳酸から合成される。原材料はその乳酸発酵するものであれば何でも良い。飼料用穀物など余剰澱粉、食用に適さない穀物・果実類、草刈りした雑草や落ち葉、生ゴミなどなど(いわゆるバイオマスと言われるもの)、ホントにあらゆるものが原料となり得るのである。実際の製造現場では時期に関係なくコンスタントに入手出来るかなど、工業的に適すかどうかは将来への課題ともなろう。しかし、上述したようにこのすそ野の広さは特筆すべき特徴である。
5.その他
成形加工中の乳酸系プラは砂糖を焼いたような、あるいは水飴のようなほのかな臭いが香ばしく、従来プラスチックと一線を画すその違いを強く感じることだろう。また、製品になると逆に臭いはほとんど感じられない無味・無臭という特徴もある。先の生体安全性と共に、この面からも他の臭いを嫌う食器などに興味を示すメーカーは多い。
更に燃やすと煙も出さずトロトロと穏やかに青白い炎で燃え、燃え残りもほとんど無い癒し系の炎である。生分解性プラスチック中でも最低ランクの熱量しか出さない乳酸系プラは、紙と同等以下であると言われる。
 
しかし、そうは言っても世の中、なかなか良いことばかりでも無い。
1.耐熱性(クリープ)
常温で強靱な乳酸系プラも、残念ながら熱にはからきし弱い。耐熱性に関しては生分解性プラスチック中でももっとも弱い部類に属し、ナチュラルグレードでは実に悲しいほど情けない。間違って車の中にでも放置しようものなら、悲惨な結末を見ることとなるだろう。それは食器類に使いたいけど使えないという難しい理由の一つともなっている。最近はそれでも結晶化度を上げるなどある程度の耐熱性は付加されてきたようで、上述のセットメーカーが採用し始めたのもその証かと思われる。また、不透明にはなるがパルプなど他の材料を混合することで、耐熱性を改善する手法も用いられている。
2.加工性
筆者が専門とする射出成形に関しては、残念ながら生分解性プラスチック中でももっとも難しいランクとなる。同じ化学合成系でもPBS系以上に金型構造には敏感で、はっきり言って成形機も選ぶ。一歩誤るとまったく実用とならない場合もあるかもしれない。どうか後に述べる成形編・金型編など参照願い、成形など検討中の方は無駄な投資とならないよう注意してほしい。
3.半結晶性?
熱的な敏感さは成形加工中の金型温度についても同様で、且つ製品の物性に及ぼす影響も大きい。元々結晶性で透明という珍しいプラスチックなのだが、金型温度や成形サイクルによっては半結晶化と言うような状態となり、本来の剛性を発揮せず収縮率なども安定しない場合がある。もっとも、そのような製品はある程度の強さを保ちながらかなりの深い曲げにも破壊せず、逆に面白い利用法があるかもしれない。
4.分解性
残念ながら乳酸系プラの分解性はあまり良い方では無い。生分解性プラスチックの中でもセルロース系に次いで悪い方かと思われる。但し、加水分解すると言われるL体を重合したラクティなどは、大気中でも半年から数年で機械的に崩壊することがある。
 
このように乳酸系プラには様々な特徴があり、それ故に現在、数ある生分解性プラスチック中でも産学合わせてもっとも多くの機関で研究が続けられているものと思われる。汎用プラの代替えを目指す他の生分解性プラスチックと違い、乳酸系プラではもう少し機能的な使用法も期待出来る。やがてはエンプラの代替えさえ応用の範疇に入るのだろう。将来ABS、PPE、PCなど特に外観部品や製品の代替えとして、市場を席巻する日が来るかもしれない。先の有名メーカーの取り組みはその第一歩となりそうである。
 
次回は成形性について。
 
つづく
 
Home      Column−index